2017年7月21日金曜日

山本鼎・山本太郎親子

碧南の藤井達吉現代美術館に行ったのをきっかけに、「藤井達吉の生涯」という本を読んでみた。なかなか難しいところの多かった人のように思えるが、拾い読みをしていると工芸に関して立場の近い山本鼎という画家が、岡崎の自宅近くの生まれなので興味を惹かれた。

鼎は5歳で岡崎を離れ、東京の版画工房での修行やフランス・ロシア滞在を経て、版画家、洋画家となり、それまで手本の模写が主だった子供の図画教育に対して自由画教育を提唱したり、農民美術運動を展開した(作品は父一郎が医者として開業し、鼎も晩年を過ごした上田市の美術館にコレクションがある。美術館のショップで買った本、神田愛子著「山本鼎物語―児童自由画と農民美術 信州上田から夢を追った男」が面白かった)。左図は「藤井達吉の生涯」から。
鼎の息子は、太郎・次郎の二人で(シンプルなネーミング)、山本太郎は詩人。彼は、辻まことと友人で、そのきっかけは父同士が友人だったためとどこかに書いてあった。つまり、辻潤vs山本鼎。前から持っていた山本太郎著の「山の彼方の」という本を引っ張り出して読んでみると、親子4人の様子を見事に活写した文章が見つかった。春の雷鳥荘での読書とうまくつながって気持ちよかった。
(追記)辻まことの実像については、駒村吉重著「山靴の画文ヤ 辻まことのこと」が丁寧な取材を重ねてかなり迫っていると思う。これを読んで知ったが、実はもう一組親子のような人たちがからんでいる。武林無想庵と山本夏彦だ。前者は小説家・翻訳家、後者は雑誌「室内」で知られる編集者・エッセイスト。夏彦は父の詩人山本露葉に死に別れて無双庵のやっかいになった。無双庵は辻潤の友人で、最初辻を外遊に誘ったのだが果たさなかった。夏彦は辻まことと友人であり、無双庵の娘イヴォンヌ(両親とも日本人だがパリ生まれのためこの名前。通称イカ公)を巡って三角関係となる。